かりんとうの思い出


私は数学が算数の頃から大嫌いだった。

高校生の頃、

進学校だった母校の数学の授業は、

私の頭には難解で苦痛でしかなかった。


 当時の数学担当の先生は、

年配の女性だった。

予習せずにだらけている生徒には、

ビシビシ厳しく指導されていた。


 私はと言うと予習しようと、

教科書を開いてはみるけれど、

ちんぷんかんぷんで全く理解できず、

その内に予習するのを止めてしまった。


毎回の授業で、

「当てられたらどうしよう・・・」

とドキドキの連続だった。

指名されると、

隣の生徒のノートを見せてもらって、

しのいでいた。


そんな私だったが、

先生は嫌いではなかった。

厳しいけれど、

どこか温かみが感じられたからだ。


ある日の放課後、私は思い切って、

数学の教科書を持って先生を訪ねた。

先生は職員室で仕事をされていたが、

私の悲愴な顔を見て、

椅子にかけるように言われた。

私は半泣きの顔で、

数学が全くわからず予習できないこと、

授業に全然ついていけないことを話した。


 先生は、

「じゃあせっかく持って来たのだから、

教科書を開いてみなさい。

一緒に問題をやってみよう」と言われた。


先生は教科書の最初の方を開いて、

私が躓いている箇所を探りながら、

説明して下さった。

先生と一緒に例題を解くと、

少し理解出来た。

「一緒に解いた例題のノートを見て、

他の問題もやって持って来なさい」

と言われた。


こうして私の補習授業が始まった。


 放課後の補習にしばらく通うと、

少しずつ理解出来るようになって来た。

授業は相変わらず難しかったが、

気分が違っていた。


「少し分かって来た」

と言う小さな希望のようなものが持てた。 


その時先生が

小テストをされることになった。

私は張り切って家でも試験勉強をした。

テストは出来たように思えた。


「小テストのことですが、

教室でみんなの前で

テストを受け取るのが嫌な人は、

職員室まで来なさい」

と試験後先生が言われた。


 私はドキドキしながら、

職員室の先生の元に行った。

先生はまだ採点されていない

私の答案用紙を出して、

赤ペンを持って採点を始められた。

先生の顔がどんどん険しくなって行った。

私の理解不足で、

答えを導く思考は合っていても、

その過程で計算ミス等を重ねていた。  


先生は難しい表情で

私の答案用紙を返して下さった。

「9/100点」と書かれていた。

私は絶句した。

私なりに頑張って、

期待していただけにショックは大きく、

私は泣き出してしまった。


困惑しきった表情で、

しばらく黙って私を見ていた先生は、

引き出しから「かりんとう」の袋を出し、

泣いている私の手を取って、

手のひらにかりんとうを一握り

乗せて下さった。 


 「泣かないで、お願いだから」

と言われた。  


ショックで食べられるわけないわ!

と心の中では思ったが、

泣き止んでから一口食べたかりんとうは、

甘くてとても美味しかった。 


その後、どうして気を取り直したか

忘れてしまったが、

私はまた放課後、

先生の元に通うようになり、

定期テストは平均的な点数を

なんとか取れるようになった。


数学は、結局嫌いなままだったが、

一度も赤点は取らなかった。 


9点の小テスト以来、

私は試験勉強をする時は、

必ずかりんとうを用意した。

勉強に疲れた時、

諦めそうになった時、

かりんとうを食べると不思議に力が出た。


 今もかりんとうを食べると

9点の数学のテストと

先生を私は懐かしく思い出すのだった。


       <完> 

鬱・夫の死を克服した作家:村川久夢の部屋

こんにちは、村川久夢です。 鬱や夫の死のために人生を投げていた私が、やっと取り戻した夢は、自分の思いを書くことでした。自分の思いを書くことで長年苦しんできた「生きづらさ」の正体も見えてきました。生きづらさ、鬱、大切な人の死に苦しむ人と私の経験をシェアしたいと思っています。ここにはそんな私の作品を投稿しています。 <著作> 『大丈夫、きっと乗り越えられる~鬱・夫の死を克服した私からのエール~』

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