当たり前だと思っていた帰るメール

夫は会社を出ると

今から帰るメールを送った。


「今から帰る。

疲れたわ~今日のおかず何?」


 毎日、判で押したように同じ文面だった。

たまには気の利いたことを書けばええのに

そんな風に思って適当にあしらっていた。


私の携帯に毎日毎日、 

同じ文面のメールが溜まって行った。

毎日来るのが当たり前だと思っていた。

鬱陶しくさえ感じることもあった。


そんな夫が社員旅行に出かけた。


「今度は、富士山に行くんや・・・

 遠いな、疲れに行くようなもんや、

 行って来るわ」

と言って夫は出かけて行った。

 

夫が出かけて

夕食の準備をしなくてもいい日は、

 私は羽を伸ばしてのびのびできた。

でもなぜかその日は、 


 「早く帰ってきてほしいな・・・」 

そう思った。 


明日になったら帰ってくるのに、 

自分でもなぜそう思ったか不思議だった。


 翌日の夕方夫は家に帰ってきた。

 帰ってきたけれど、

棺桶に入って帰ってきた。

 旅行先で亡くなったのだ。


 翌日の通夜や翌々日の告別式のことは、

 頭にカスミがかかっているようで

思い出せない。


 初七日が終わった頃、 

私は何気なく自分の携帯メールを見た。

受信トレイには、

夫からのメールがぎっしり詰まっていた。


9月1日、2日、3日、4日、5日、 

6日、7日、8日・・・

 メールは、8日でパッタリ途切れた。


あんなに適当にあしらっていたメール、

毎日毎日同じ文面のメール、

ずっと毎日来ると思っていた私は、

なんて愚かだったのだろう! 


同じ文面の夫からのメールが、

ものすごく愛おしく感じた。

もう一度、送ってきて欲しい。

必ず返信するから。

すぐに返信するから。 

お願い!もう一度!


 でもどんなに願っても、

 夫からの今から帰るメールが

送られて来ることは、 

二度となかった。 


鬱・夫の死を克服した作家:村川久夢の部屋

こんにちは、村川久夢です。 鬱や夫の死のために人生を投げていた私が、やっと取り戻した夢は、自分の思いを書くことでした。自分の思いを書くことで長年苦しんできた「生きづらさ」の正体も見えてきました。生きづらさ、鬱、大切な人の死に苦しむ人と私の経験をシェアしたいと思っています。ここにはそんな私の作品を投稿しています。 <著作> 『大丈夫、きっと乗り越えられる~鬱・夫の死を克服した私からのエール~』

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