私、おはぎって食べ物が許せないの!


「私、おはぎって食物が許せないの!」

 美沙子さんは、突然に言った。


英会話教室の自由時間に、 

おはぎの話題で

盛り上がっていた時のことだ。


「・・・?!」 座が白けて、

みんなが黙った。


「だいたい、あの粒あんが許せないわ!

中途半端に皮が残っていて・・・ 

それに餅の部分もそうよ。 

お餅なの?ご飯なの?

あの中途半端な餅も許せないわ!」 


美沙子さんは当惑したみんなの顔を 

見ても構わず続けた。 

言うだけ言うとテキストを取って、

自習を始めた。 


美沙子さんは40才前後だろうか。 

目鼻立ちの整った美人で、

均整の取れたスッキリしたスタイルで、

いつもお気に入りのブランドの洋服を 

オシャレに着こなしていた。


英会話教室の友だちの話しでは、 

有名な国立大学の大学院を卒業し、 

一流企業に勤めていたらしい。 

才色兼備を絵に描いたような女性だった。 


そうこうするうちに休憩時間が終わり、

授業が再開された。

リンダ先生が、 

モデル会話の説明をされると、

美沙子さんは電子辞書を引きながら、

熱心にノートを取っていた。


ところがリンダ先生の説明が終わって、

会話の実践練習をする時間になると、 

美沙子さんは絶対に一言も、 

英語を話さなかった。


 私たちが怪しい英語で会話し、

 きゃあきゃあ言っていると、

 美沙子さんは冷たい白けた目で、

 私たちを眺めていた。


 ちょっと英語っぽい表現を知りたくて、

 リンダ先生に質問したり、 

会話を続けていると、 


「もういいですか?」 


と美沙子さんに制されることが、 

よくあった。 


それでいて、 

会話が美沙子さんの順番になると、

「私は間違った英語を話したくないので、

英文法をマスターしてから、 

会話に参加します」 

と毎回同じことを言った。


「まあ通じればいいかな」

と言うレベルの 私たちとは、

話したくないようだった。


美沙子さんは美人で頭もよく、

能力を発揮できる仕事に就いているのに、 

何となくいつも不満そうで、

楽しそうには見えなかった。

私は、美沙子さんといると 

何となく落ち着かない気持ちになった。


しばらくすると、

無遅刻無欠席だった美沙子さんが、 

急に教室に姿を見せなくなった。 

美沙子さんには申し訳ないけれど、

私は少しほっとしたような気分になった。 


噂好きで通っている高子さんが、

「美沙子さんがメンタル病んで、 

入院しているらしいわよ~」

 と言った。


 私はドキリとして、 

何故か突然におはぎのことを思い出した。


皮がのこって中途半端な粒あんが、

許せない美沙子さん。 

お餅かご飯か、はっきりさせないと、 

我慢できない美沙子さん。 

完璧な英語を話すまでは、 

中途半端な英語を

絶対に話したくない美沙子さん。 


美人で頭も良くて、

有名な大学の大学院を出て、

 一流企業に勤めていても、 

いつも不満げで楽しそうでなかった 

美沙子さん。 


 私は美沙子さんに

皮が残っている粒あんも美味しいことを 

知ってほしいと思った。


もち米とうるち米のお餅の食感も 

それなりに美味しいことを知ってほしい。


完璧な文法でなくても 

英語でコミュニケーションする楽しさを

知ってほしい。 


美沙子さんは、おはぎだけでなく、

きっと自分も許せなかったのだと思う。


そんなふうに思うと、 

苦手だった美沙子さんの辛さが、 

少しは理解出来る気がしたのだった。


鬱・夫の死を克服した作家:村川久夢の部屋

こんにちは、村川久夢です。 鬱や夫の死のために人生を投げていた私が、やっと取り戻した夢は、自分の思いを書くことでした。自分の思いを書くことで長年苦しんできた「生きづらさ」の正体も見えてきました。生きづらさ、鬱、大切な人の死に苦しむ人と私の経験をシェアしたいと思っています。ここにはそんな私の作品を投稿しています。 <著作> 『大丈夫、きっと乗り越えられる~鬱・夫の死を克服した私からのエール~』

0コメント

  • 1000 / 1000