玉子焼き

目を覚ますとそこは、

いつもの自分のベッドではなかった。

見慣れない重い掛け布団に包まって

史子は寝ていた。 

とにかく頭が痛い。


しばらくすると昨夜のことが 

ボンヤリと思い出されてきた。 

史子の会社に時々営業で現れる智と、

偶然に飲み屋で会って 意気投合して

つい深酒してしまったことが 

苦々しく蘇った。


あたりを見回すと、

今時よくこんな昭和な部屋があるものだ

と感心するようなささくれだった畳の

古くさい和室だった。

布団も和式の敷布団と掛け布団だった。


史子の気配に気づいたのか、

台所らしい部屋から智が顔を出した。


「おはようさん。 

朝飯つくったけど食える?

気分はどう? 

昨夜だいぶ吐いてたからな・・・」


ーえええ~! 

私は智の部屋に泊まったんかいな?!ー 


と仰天した。

慌てて自分の身仕舞いを確認すると、 

カットソーとパンツ姿だった。 

ジャケットはハンガーに掛けて、

障子のサンに吊るしてあった。


「水飲んだらすっとするで」

と言って智が水を持って来てくれた。

喉が乾いていたのか、

冷たい水がとても美味しかった。 

頭は痛いが何とか起きられそうだった。


「朝飯どうする?」

と智がもう一度尋ねた。 


 「ありがとう。でも、ええわ。

 私、朝はコーヒー飲むだけやし。

 洗面所使わせてくれる?顔を洗うわ」 


「そっか~わかった。 

洗面所はこっちやで」と案内してくれた。


智の昭和な借家は3部屋あって、

史子が寝ていた寝室、隣に居間があって、

居間の隣が台所だった。


顔を洗って台所の横を通ると、

朝食の準備が出来ていた。 

ご飯の炊けたいい匂いがしていた。

美味しそうなお味噌汁の匂いもする。

智が焼いたらしい玉子焼きが、

二切れずつ小皿に並べられていた。 

小鉢にはほうれん草のおひたしがあった。


ーひえ~、 私が寝ている間に智が作ったんやー


「史子さん、食べて行かへんか?

僕の朝飯は美味しいで」 

と智は人懐っこい笑顔で言った。 


「そやね顔を洗ったら気分もようなったし

 よばれよかな」 

「そうし、一緒に食べよ」 

と智は嬉しそうにいった。


智は居間のコタツの上に茶碗や皿を並べ、

甲斐甲斐しく朝食の膳を整えた。

ご飯はピカピカで、

味噌汁は豆腐とわかめだった。


コタツで智と向かい合って

 朝食を食べ始めた。


 ー美味しい!めちゃくちゃ美味しい!ー


史子は最近朝はコーヒー、

昼はコンビニのサンドイッチかおにぎり、 

夜は外食するか、

家で食べる時はコンビニ弁当や

冷凍スパゲッティだった。

とにかくお腹さえふくれたらいいと言う 

食事をしていた。


智の玉子焼きは物凄く美味しく、

史子は母の玉子焼きが好物だったことを 

思い出した。

家庭的だった母が、

今の史子を見たらどう思うだろうと 

複雑な気分になった。 


「史子さん、玉子焼き好きなん?

僕の分を一切れあげよか?」

と智が言った。 


有名女子大を出て、

そこそこ有名な会社に就職して、 

仕事が出来ることで 

認められるのが嬉しくて、

今日まで来てしまった。

気がつくと40代半ばだった。


史子は上昇志向が強く、 

「いい大学を出て、いい会社の社員で、

仕事ができて、容姿もそこそこ良くて」 

とより好みしている間に、

妻子持ちにいいように遊ばれ、

痛い思いをしただけだった。 


自分の玉子焼きを一切れ差し出す

素直な智の優しい言葉が胸に響いた。

昨夜の記憶が定かなら、

智は史子より一回り年下で30代前半だ。

童顔のせいか年齢よりずっと若く見えた。


ーこんな若い子の優しさが、

こんなに身にしみるなんてー

と史子は自分に戸惑った。


智はもりもりご飯を食べながら、 

「僕は朝はごはん派なんや。

その方が身体に力入るし。

史子さん、コーヒーだけなんてあかんよ」 

と言った。 


「そやね・・・」史子がポツンと言うと、


智は思い切ったように言った。 

「僕な、前からいつも思っててん。

史子さんに美味しい朝飯を

食べさせてあげたいなって。 

一緒に食べたら美味しいやろうなって。

史子さん、いつも忙しそうに

一人でサンドイッチやおにぎり食べながら

仕事してるやろ?」


 「・・・」 


「史子さんさえよかったら、

毎日ここで僕と一緒にご飯食べへんか? 

僕が毎日、朝飯を作ってあげるよ」

史子は胸がいっぱいになった。


智が差し出してくれた玉子焼は

涙が出て食べることができなかった。




         <完>


鬱・夫の死を克服した作家:村川久夢の部屋

こんにちは、村川久夢です。 鬱や夫の死のために人生を投げていた私が、やっと取り戻した夢は、自分の思いを書くことでした。自分の思いを書くことで長年苦しんできた「生きづらさ」の正体も見えてきました。生きづらさ、鬱、大切な人の死に苦しむ人と私の経験をシェアしたいと思っています。ここにはそんな私の作品を投稿しています。 <著作> 『大丈夫、きっと乗り越えられる~鬱・夫の死を克服した私からのエール~』

0コメント

  • 1000 / 1000