過労死した夫の思いを胸に生きる

大手広告代理店の女性社員が過労死された 

報道を聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、

夫のことでした。


私の夫も過労死しました。 


夫は建築士で工務店に勤務していました。

毎朝毎朝6時40分に出勤し、

帰宅するのはだいたい10時半、

12時を過ぎることもしばしばでした。  


休みは、平日に1日か半日、

休日は、会社から夫の携帯に 

じゃんじゃん仕事の電話がかかりました。


連休は、ありませんでした。 

平日よりむしろ忙しかったです。

仕事を持ち帰ることもよくありました。

夫は設計部長だったので、

仕事をいくつも抱えていました。

社長から「仕事が遅い」、

といつも責められているようでした。


夫は無口で愚痴は言いませんでしたが、

社長からのプレッシャーは、

相当に堪えていたようで、 

私によく愚痴を言っていました。


同族会社で専務が過労で倒れた時、

父親である社長が、 

「修行が足らん!」と言って、

激しく叱ったと夫から聞きました。

時代錯誤甚だしい会社です。 


そういう雰囲気のある会社なので、 

夫は38度を越える熱のある日も、 

出勤していました。

滅私奉公の会社のイデオロギーに 

毒されていたのです。


夫が死んだ時、

私は「会社に殺された!」 と思いました。

今でも思っています。 

夫は間違いなく過労死したのです。


この悲しみと怒りが、

消えることはありません。


でも同時に、私はそんな会社を、

辞めさせなかった自分を責めました。

 私は当時公立中学の教員でした。

夫の様子を見て何度も、

「私の給料だけでも

二人生活していけるから、 

今の会社を辞めて独立したら?」 

と言いましたが、

夫は会社を辞めようとしませんでした。


なぜ、あの時夫を説得しなかったのだろう。

なぜ、仕事を休ませなかったのだろう。

なぜ、もっとしっかり 

健康管理しなかったのだろう。 


後悔と自責の念ばかりがつのりました。

夫の後を追って、

死にたいと思うこともありました。


 夫が亡くなって7年経ちました。

 最近「終活」と言う言葉を耳にします。

 夫のことがあるので、

 あまり終活に触れたくない気持ちが、

 私のなかにありました。


でも今は、 

「もし、夫が自分の死に向き合い、

どのように死を迎えるかを 

考える機会があったら、

夫はどうしていただろう?」 

と考えるようになりました。 


「死」を意識していたら、

夫は自分の生活を充実させることに 

目を向けられたのではないか。

つまらない外聞や人目を気にせず、 

生きられたのではないか。

もっと健康に配慮できたのではないか。


夫の過労死は耐え難い経験です。 

でも、その経験を通して、

私は強烈に「死」を思いました。 


「つまらない外聞や人目を気にせず、

 健康に配慮して、

自分の生活を充実させて欲しい」 


それは無念の死を遂げた夫が、 

私に送ってくれたメッセージだと 

思っています。


夫が命と引きかえに送ってくれた 

魂のメッセージを心に、 

死と向き合い、

充実した生を送っていきます。


鬱・夫の死を克服した作家:村川久夢の部屋

こんにちは、村川久夢です。 鬱や夫の死のために人生を投げていた私が、やっと取り戻した夢は、自分の思いを書くことでした。自分の思いを書くことで長年苦しんできた「生きづらさ」の正体も見えてきました。生きづらさ、鬱、大切な人の死に苦しむ人と私の経験をシェアしたいと思っています。ここにはそんな私の作品を投稿しています。 <著作> 『大丈夫、きっと乗り越えられる~鬱・夫の死を克服した私からのエール~』

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